今日は私がよく読んでる相原茂先生のコラム「MAO的コラム」の一部をご紹介☆ あの中国語教育の第一人者でいらっしゃる相原先生が、こっそり“中国式恋愛術”を教えてくれてますぅ (*^.^*) ちょっと気になる方もいらっしゃるんじゃないかしら??? よろしかったらどうぞォ〜☆
★「好きだ」では進まない中国式恋愛、一度はやってみたい★
中国人を本気で口説いたことはないが、もしそういう女性が現れたら使ってみたいセリフがある。それは、
我們好像有縁分。 wǒ men hǎo xiàng yǒu yuán fèn.
というものだ。“有縁分”は「縁がある」ということだが、「前世からの定めで、私たちはめぐりあったのだ」というぐらいの含意がある。
そして、私が思うに、中国人はこういう宿命というか運命、前世からの定めを非常に重んじる。そんなものは迷信で気にしないと豪語する人でも、無意識のうちにこういう考えが細胞の中にしみこんでいる。だから、こう言われたら、「ひょっとしてそうかな」ぐらいは思うのではないか。いや、かなり気にすると思う。
中国語ではまた“命中注定” mìng zhōng zhù dìng(運命として定まっている)という表現もある。一種の宿命論である。これほど強い説得法はない。
何しろ、説得の根拠は「私はあなたを好きだ」、などという個人的なことではない、この世の中、いや前世と今世、さらに来世を含めて、二人が結ばれ一緒になるのは、もっとも合理的な生存の姿だと宇宙を引き合いに出して主張するのだ。
この宿命論を強化するために、傍証をいくつか用意しておけばもう鬼に金棒だ。たとえば私はネズミ年だが、子年は酉年の女性とは相性がいいとか、初恋の女性も酉年だったとか、私を可愛がってくれたいまは亡き祖母も酉年だったとか、ともかく我が人生において“縁分” yuán fèn が深いと強調する。相手もいちいち祖母のことや、昔の恋人のことまでは調べないから、このあたりウソも方便である。まあ何かしら口実はあるはずで、それを一つ二つ言いたてるのである。(from searchina.ne.jp)
相原先生がおっしゃってること、私もそうかな〜って思うのが中国語の歌の世界もこの宿命論的な歌詞が多いような気がします。あと、中国に来てから「有縁千里(縁があればどんなに遠く離れてても出会える)」っていう言葉をよく耳にします。これってすごく中国的というか大陸的だなァ〜って思いましたァ (o^-^o)
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